偉大な科学者たちのシャレにならない失敗談集
7つの発明のしくじり話の中でも、特に殺虫剤DDTを禁止に追い込んだ「沈黙の春」のエピソードは、この世の中の至るところで、それこそ我々の身の回りでもちょくちょく起こっている類似の現象を想起させる内容で、示唆に富む。
生物学者のキャリアを断念しジャーナリストに転向したペンシルバニア出身のレイチェル・カーソンは、1962年に彼女の4冊目の著書である「沈黙の春」を上梓した。この中で、殺虫剤DDTの悪影響に言及し、小動物が犠牲になっていることや、人間(特に子供)に健康被害をもたらすことを指摘する。すでにサイエンス・ライターとして一定の評価を得ていた彼女の言説は、世論の反響を呼んだ。これにより環境保護活動が活気付き、エスカレーションしていった結果、約10年後に米国の環境保護庁はDDTの使用を禁止した。
だが、いっぽうで、安価で効果の高いDDTが生産されなくなったことで、途上国でマラリアの感染者が増え、数百万人(その大多数は子供)が助かったはずの命を落とすことになった。
環境保護庁がDDTの禁止を決定したときには、根拠となる二種類の資料があったという。ひとつは化学、毒性学、農学、環境衛生学の専門家100人が作成した9000ページに及ぶ報告書で、DDTが小動物や人間の健康に深刻な影響を与えることはない、と結論づけたもの。長尺で退屈な大著であるが、内容は正確であった。
もう一つは言うまでもなく「沈黙の春」。データは不備で、科学的根拠に乏しい伝聞のエピソードが多いが、文章は美しく、感情に訴える。
ここで彼らは、データを軽視し、センチメントを優先して後者を採り、決断を下した。結果として、本当にあるかないかよくわからないリスクを避けるために、存在が確実なリスクに人命を晒し、多大な犠牲を出すことになった。
科学者、専門家以外の我々普通の市民であっても、また自然科学に直接関わる事象でなくても、データや情報の読み取りには最新の注意を払い、リスクの軽重と優先度の判断は、しっかり頭を冷やしてやんなさいよ、と言う警告にも思える。我々人類はどうやら、余程謙虚に、慎重に、と常々気をつけておかないと、すぐに愚かな誤認、錯誤を犯してしまいがちな存在らしい。
本書の他の章で紹介されていた興味深い実験がある。
カリフォルニアの催し物会場で、ジヒドロゲンモノオキシドの使用禁止を訴える署名活動を行ったところ、この物質に対し、いかにも身体に悪そうなイメージを持った人々がこぞって署名し、その数はあっという間に数百人に達した。
ちなみにこの化合物の化学式はH2O。かくも多くの人々が、水を禁止するために力を合わせて声を上げた、と言う実話である。
0コメント