結局

こういうことになってしまった。
別に個人的に森さんを大好きで手放しで応援してる訳でもないし、件の発言に非難を受けても仕方のない要素(=ツッコミどころ)があったことは否定しようがない。
ただこれで一時的に溜飲の下がる人がたくさんいたとしても、最終的に大多数の人が幸せになる展開に転がるような気がどうしてもしない。理由は三つ。

ひとつは、所謂「余人をもって変えがたい」という声もある森さんの役割、機能面である。
IOC、都、関係省庁、団体、企業といった、それぞれ一筋縄では行かないステイクホルダーとの折衝、交渉は、昨年一年延期した大会の開催が5ヶ月後に迫る中、未だコロナが制御出来ていない状況化で、ますますハードルが上がる筈だ。他の誰がやっても、おいそれと引き継げる仕事ではないだろう。
これについては、素人があれこれ言うよりも、事情に詳しい人が書かれた記事を見つけたのでこちらを参照願いたい。
これは個人の憶測の域を出ないが、今回の辞任でIOCに主導権を握られ、今後の大会開催の是非およびその後の金銭的補償、賠償の駆け引きで、大きなバーゲニングパワーを失った日本側が不利な立場に追い込まれるのがとても心配である。

次に、森さんが辞任することで、森さんの発言の端々に漏れているとされるGender Equalityの問題解決には繋がらない点である。何故ならこれは、森さん個人の問題でも、組織委員会の問題でもなく、日本社会全体の問題であり、我々ひとりひとりの問題であるからだ。
もしも日本社会が、今現在この方面で世界に誇れるような優等生であるのなら、国の看板に泥を塗った人にご退場頂くことで、「お恥ずかしいところをお見せしまして」と幕引きをするオプションもあるだろう。でも森さん以外の我々日本国民は、そんなに立派なのであろうか。
この問題を評価する際によく使われる、ジェンダーギャップ指数(GGGI)という指標がある。2019年12月に公表された「ジェンダーギャップ指数2020」によると、日本の順位は153ヵ国中121位(前回は149ヵ国中110位)で、G7で最低のランクである。これだけだと日本が男尊女卑の国と後ろ指差されても仕方がないかなあという気にもなる。
ただ、この数字だけ見て、ああ我が国はひどい国だと早合点するのもこれまたこれでおかしい。
実はジェンダーギャップ指数は、経済、政治、教育、健康の4つの分野でそれぞれ評価が行われて、この4分野の合計スコアで総合ランクが決定される仕組みになっている。
そこで下の図をご覧頂きたい。


このデータから一目瞭然だが、実は教育と健康分野において我が国は、首位アイスランドとほぼ同じトップクラスなのである。一方で、点数の悪いのは政治、経済の分野で、この領域でのGender Equalityが浸透していないということになる。特に政治は壊滅的である。政治分野のサブ指標の中でも閣僚数139位、国会議員数135位が特にひどいが、これは日本の選挙制度の構造に絡む、根の深い問題だろう。
一方で、経済分野では、所得108位、労働力参加79位、賃金格差67位。あんまり深く掘り下がると字数が足りないので端折るが、非正規雇用、処遇面での不公平といった問題が大きいと考えられる。
さて、話がちょっとまわり道になったが、ややこしそうな政治分野は一時置いといて、おそらく我々日本国民の大部分が関係しているであろう経済分野での課題が大きいのはわかった。では、我々一人一人は、この現状をよくするために日々何をしているだろうか。よもや、森さんの言葉尻を捉えて、女性蔑視だ大問題だと大騒ぎしている人の中で、日頃自分では何の努力もしてない人はいないと思うが。

ジェンダーギャップ指数は、万能の器ではなく、色々と瑕疵もある。実際、指標によっては、変なバイアスがかかることも少なくない。例えば内乱や政変で男性人口の激減した国のスコアが高く出るような欠点もある。それでも、世界のGender Equalityに関しては、現時点で一般的な拠り所にされている指標である。

これを前提に話を進めると、森さんが辞任したところで日本のジェンダーギャップ指数が改善することはほぼありえない。我々ひとりひとりが意識を持って、各々の手の届く範囲でコツコツとやるべきことをやるしかない。日本のGender Equalityに対する国際社会の信用を高めるとは、即ちそういうことではないだろうか。


最後は、事ここに至った成り行きの気持ち悪さである。偏向した切り取り情報で、オリンピックの招致、開催準備にこれまで尽力してくれた功労者を袋叩きにし、いとも安易に辞任へと追い込んだ一連の流れの不気味さである。

失言に対する責任問題を追及するにしても、国家の一大イベントを取り仕切る大役である。せめて公正な裁定機関を設けて発言の中身を改めて吟味し、きちんと弁明と説明の機会を準備した上で、責任の程度やことの軽重を判断するぐらいの手続きが踏めなかったものだろうか。協会や政府、選手側からまともな援護射撃がなかった(少なくとも我々にはそう見えた)のも大きな疑問だ。

これって、証拠不十分で裁判もせずにリンチを始めたのを、身内も含めて皆が黙って見てたと言う状況に近いんじゃないだろうか。

誰かがつまづいた瞬間に、そこまでの貢献や恩をすっかり忘れて(あるいは最初から知ろうともせずに)揚げ足を取ったり、石を投げたりするのは昔からある。

日露戦争後の極めて難しい交渉を何とかまとめてきた小村寿太郎や当時の政府に憤り、民衆が日比谷焼き討ち事件を起こした事例もある。あるいは、罪滅ぼしに栗や松茸を届けたごんぎつねをいきなり撃ち殺したりもした。これはちょっと違うか。

情報インフラが整っていなかった昔のことならまだしも、今の時代、しかもジェンダーギャップがどうとか、国際的に恥ずかしいとか言ってる一方でこんな前時代的なことをやってるのはアリなんだろうか。

相手の立場や見解を認めつつ、しっかり議論をして、その時点で取り得る最適解(満点解ではない)を探っていくのが、文明国のやり方であり、平等性、多様性、受容性のベースになるものじゃないんだろうか。

第一、個人的な好き嫌いや過去の失言、失策はあったとしても、病身に鞭打って、いわば命がけでこれまで国のために尽くしてくれた人への恩を忘れて、後ろ足で砂をかけるようなことをするのは、あまりに恩知らずじゃなかろうか。

上に挙げたジェンダーギャップ指数の教育、健康分野の成績がトップクラスなのも、森さんを含めた、先人の努力のお陰だろう。そんな因果もコロッと忘れて恩知らずなことばかりしてると、今は亡き婆ちゃんの言い方を借りれば、今にバチが当たるぞと言いたくもなる。


まあ僕のこんなくだらない心配なんぞ外れて、杞憂に終わってくれたらそれが一番いいんだけどね。

0コメント

  • 1000 / 1000